日本創薬力強化プランとリアルワールドデータ(RWD)の活用について|これって何?バイオコラム 第27回
新しい年が始まりましたね。今年もワンダフルな1年をお過ごし下さい。ホットを飲むとほっとする~、おやじギャグ好きなうめ吉です。
昨年末に、政府は緊急政策パッケージ「日本創薬力強化プラン」として、総額926億円を2018年度予算案と2017年度補正予算案で確保することを了承しました[各省別の予算規模は、厚労省529億4000万円、内閣府300億円、経産省96億6000万円] (厚労省計上分:http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10807000-Iseikyoku-Keizaika/0000189154.pdf)。
日本創薬力強化プランは、より高い創薬力への産業機構への転換を図るため、日本の創薬力強化にかかる創薬環境強化経費及び医療分野の研究開発関連経費(AMED経費)を緊急政策パッケージとして予算措置するものです。厚労・経産両省が連携し、製薬産業のイノベーションで結果を残せるよう、低コストで効率的な最先端の創薬を実現できる環境の整備、規制の在り方を提示しています。環境整備によって、日本を魅力的な市場とすることで、内資・外資問わず、積極的な投資を呼び込み、日本発の革新的新薬の創出を後押ししたいとの考えです。
カギを握るのが、実臨床を反映した電子的な医療情報、いわゆるリアルワールドデータ(RWD)の活用です。ここ数年、製薬企業を中心に、医学研究やヘルスケアサービス分野でRWDの活用が急激に進んでいます。莫大な費用がかかる新薬開発を、RWDを活用して効率化しようとする動きが加速しています。
RWDとは、臨床現場で得られる匿名化された患者単位のデータのことです。調剤レセプト、医科レセプトや電子カルテなどがその代表格です。一般的な患者集団における医薬品の有効性や安全性の評価、使用実態を把握したり、経済効果を検討したりするデータソースとして期待を集めています。
米国食品医薬品局(FDA)では、RWDについて、「様々なソースから日常的に収集される患者の健康状態及び医療の提供に関連するデータ」 と定義しています。具体例として、電子健康記録(EHR)から派生したデータ、請求/支払データ、製品/疾病登録データ、(家庭用機器に含まれる)患者生成データ、(モバイルデバイス等)健康状態を知らせることができるその他のソースから収集されたデータ等を挙げています。
RWDの活用により期待されている第一の点は、医薬品の研究開発の生産性向上が挙げられています。すでに発売された薬は、臨床現場において様々な背景を持つ患者に投与されますので、RWDを用いることで処方の実態や治療効果、副作用など、実臨床で得られたデータで検証することが可能となり、これまで臨床試験だけでは分からなかった治療や医薬品の実効性・安全性、費用対効果などが顕在化され、良質な医療・ヘルスケアサービスの創出、標準化につながる可能性があります。また、RWDはいまだに治療法が明らかになっていない疾患に対する医療ニーズの可視化やエビデンスの構築にも活用されています。投与された薬剤の種類や併用数、臨床検査値、年齢層といった種々のデータを組み合わせて分析することで、重症化した患者像を明らかにして、新薬開発に生かせる可能性があります。
特に、今後、革新的新薬の上市が期待される、がんや希少・難治性疾患、感染症、認知症などについては、疾患横断的な統合データベースが構築される予定です。統合データベースを通じて得たRWDを人工知能(AI)で解析することで、革新的な新薬の創出を目指す試みがなされています。
がんについては、解析したゲノム情報や臨床情報を一元的に集約するために、全国の医療機関が参加する「がんゲノム医療推進コンソーシアム」を構築し、ゲノム情報や臨床情報などを集約・管理し、産官学連携のもとで活用しようと考えられています。遺伝子パネル検査の早期承認、保険適用を見込むほか、全ゲノム解析を保険外併用療法にするなどの環境整備も進められています。患者にとってはゲノムに基づいた個別化治療が推進され、最適な治療を受けられるメリットがあります。一方、製薬企業にとっても免疫治療などの開発が推進されることが期待できます。
RWDの活用により期待されている第二の点としては、医薬品開発のコスト低減と効率性向上です。革新的な医薬品の創成と育成という観点から、薬事規制の見直しが進められており、医薬品医療機器等法(薬機法)の改正も視野に入れた取り組みがなされています。重篤な疾患等で、市販後にRWDを活用してデータを集積することを条件に、Phase 3 試験を実施しなくても、前倒しで承認する「条件付き承認制度」や「先駆け審査指定制度」の制度化を目指しています(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000179524.pdf ,4ページ目)。
研究開発費の高騰によって企業に負担が重くのしかかる中で、環境整備を通じて、研究開発期間の短縮とコスト低減による研究開発の生産性向上を見込んでいます。これと同時に、患者のリスクを低減する観点からも、施設や患者などを絞り込んで適正使用を進める「最適使用ガイドライン」の整備なども進められています。
個人的にはRWDを活用することには大きな期待を抱いています。患者個々に対して更に安全で効果の高い医薬品の提供が可能となり、また、開発コストの高騰とこれに伴う収益性の低下に直面している製薬企業にとって、RWD活用は欠かすことのできないものになりそうだと感じています。
一方、RWDに関しては、単一施設での短い追跡期間のデータが多く含まれることや対照データが存在しないこと等の限界や問題点も指摘されています。また、医療機関が独自に保有している患者情報や、製薬企業が開発段階から保持している研究開発データを、どのようにデータベースへ一元化するかなど、多くの課題が挙げられています。今後は、これらの課題や問題点を補うため、複数のRWDを組み合わせて取り扱う等の工夫や最適使用ガイドラインの整備が求められると思います。
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