がんゲノム医療と病理診断|これって何?バイオコラム 第42回
前回のコラムでは、「これからの病理診断」としてデジタル病理診断(デジタルパソロジー)とAIを取り上げました。今回のコラムでは、実際の医療現場における病理診断がもたらす未来について、SPC病理診断科 近藤信夫院長にお話を伺いましたのでご紹介したいと思います。
医療用のAIは海外ですでに導入されている病院もあり、ドイツでは医療人工知能研究所も設立されています。AIと患者のデジタルデータを組み合わせ、より高精度な診断や個別化医療が可能になると期待されています。アメリカと並ぶAI先進国の中国は、新型コロナウイルス禍の影響によって5G技術と併せオンライン診療が加速しました。日本では、内閣府が打ち出した戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で、2022年までに社会実装を目指した「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」という計画があります。これは、医療現場で活用できるさまざまな支援AIを提供し、医療の質を確保し、関係者の負担軽減を目指すというものです。
内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/
医薬基盤・健康・栄養研究所 AIホスピタルによる高度診療・治療システム
https://www.nibiohn.go.jp/sip/
国内の大手臨床検査センターでは病理標本をデジタルスキャン・デジタル画像化する装置を2010年頃からすでに導入・実用化しています。画像化にともない、スライドの保管場所が不要、染色の劣化が無い、電子カルテに画像を追加できるなどのメリットもあります。さらに、AIでデジタル画像から各組織種ごとにがん部を自動抽出することもでき、一日に多くの患者検体を診断する病理医のがん部見落としを減らすことにも貢献しています。このようにデジタル化は多くのメリットがある一方で、新たに発見された遺伝子異常から起こるがんの判定には、自動化が完全に対応できないと言われています。
一方で、がんの発生原因となる遺伝子変異が次々と同定され、がん遺伝子検査(がん遺伝子パネル検査)が2019年ついに保険収載されました。がん遺伝子検査は、病理診断によってがんと診断された部位(病理検体)を病理標本から切り取り、正常な遺伝情報とがん部の遺伝情報を比較し遺伝子変異を見つけ出す検査です。がん遺伝子検査をすることによって原因となる遺伝子変異を科学的根拠に基づいて明示でき、また、患者の遺伝子型に適合する薬剤や、なぜがんになったのかを理論的に説明できるため、より患者に安心を提供できるようになりました。
がん遺伝子検査は保険収載されたとは言え、患者負担は数十万円にもなり、自費診療になるとさらに高額になります。検査試薬自体が高額であること、また、最終レポートが出るまでに主治医の他、がんゲノム専門医、各診療科の医師、病理専門医、認定遺伝カウンセラー、臨床検査技師、薬剤師、看護師、バイオインフォマティシャンなど多数の専門家が議論(がんゲノム医療エキスパートパネル)し関わるため、検査費用が高額となります。今後は過去の日本人の症例データを蓄積し、データベースからAIを用いてレポートまでの一部を自動化できるようになれば、がんの遺伝子検査がより身近な検査になるかもしれません。
これからの病理診断は、がん遺伝子検査、AIと併せて用いることによって、より早く、より効果的ながん治療を行うために欠かすことのできないものになると考えられます。
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