クリニカルシーケンス|これって何?バイオコラム 第22回
こんにちは。もも太です。
前々回第20回のコラムでご紹介した、がん患者のゲノム遺伝子の異常に対し、臨床の現場でその解析を行うことによって、患者に最適な薬剤を調べ、その結果を主治医にリポートする試みが米国を中心に進んでいます。これを「クリニカルシーケンス」と呼びます。この背景には、網羅的に遺伝子解析を行う事が可能な、次世代シーケンサー(NGS: Next Generation Sequencer)の登場による技術革新があります。いよいよ一人一人に適した個別化医療への実践が視野に入ってきたようです。
ただし、このような個別に適した治療の成功例は、まだほんのひと握りにすぎません。そこには、有効とされる薬剤がまだまだ少数で限られているという現状に加え、医療費の高額化の問題があります。特定のがんを標的にした医薬品の開発は容易ではなく、その開発にかかった莫大な費用が価格に反映され、高額な薬価となるのが一般的です。がん治療において、三大標準治療である「手術」、「化学療法」、「放射線治療」は保険診療で受けることができますが、これらの標準治療の後には再発のリスクがあるのが現実です。しかし一方で新たな治療の選択肢も格段に増えており、抗体医薬品による標的治療、免疫療法、遺伝子治療などはその代表格です。これらの新たな治療法は、標準治療の弱点を補い、効果を高め合うことができます。ただ、その使用においては保険適用が追い付かないものも多く、結果として医療費の高額化問題が持ち上がっているのは皮肉なことです。このような医療環境の中で今もしがんになったら、自分や家族はどのような治療を選択するのか、考えさせられるところです。
また、網羅的に遺伝子解析を行う次世代シーケンサーによる解析費用も、新しい技術を導入していることもあり、まだまだ運用コストがかかります。そこで臨床の現場でも利用可能な診断ツールとして、解析できる遺伝子数に限りはあるものの治療に役立つ遺伝子のみを選択した、次世代シーケンサーによる部分的解析や、高感度デジタルPCRを利用する事によって運用コストや感度の面でアドバンテージをあげる工夫などに期待がよせられています。
さらに、別の課題も浮き彫りになってきました。それは、使用した分子標的治療薬が、最初は奏功していたものの次第にがんが耐性を獲得し、徐々に期待したほど病状が改善しないことがあることがわかってきたことです。このニュースを聞いた時、昔読んだ『細菌の逆襲』という本を思い出しました。細菌がその生存をかけてヒトと戦う内容で、当時の抗菌剤への過信と濫用の結果生じた耐性菌の実情に迫ったものでした。がん細胞もこれと同じく、生き残りをかけて、別の変異を持つようになり、新たな増殖方法を獲得することによって効き始めた薬剤から逃れようとしているのだと考えられます。こうしたがん細胞のダイナミクスを予測し、新しい治療法を見出すための研究には、終わりがないように思えます。このような状況の中で、非侵襲的に何度も繰り返し遺伝子解析が可能となる「リキッドバイオプシー」は、その利用価値が高まるでしょう。そうして測定を繰り返し行う中で、治療薬の投与時期や量のデータと遺伝子解析から得た情報の変化などから様々なビッグデータを蓄積し、さらに人工知能による解析などを駆使し、がんの診断や治療方針の決定を迅速に行うための支援体制が整ってくるのも、そう遠くないような気がします。
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- 分子標的薬・コンパニオン診断薬開発支援サービス の動画サイト
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