EMAニトロソアミン類 発がん性リスク新評価法(CPCA)を解説
2023年7月7日に、欧州医薬品庁(EMA)が医薬品から検出されたニトロソアミン類の発がん性リスクについて新しい評価方法(CPCA:Carcinogenic Potency Categorization Approach)を提示し、ガイドラインEMA/409815/2020がRev.16に改訂されました。
CPCAは、α炭素上の水素のヒドロキシ化が発がん性に関与する点に着目したアプローチで、α炭素上の水素原子の数や配置、また分子内の構造的特徴をスコア化し、5つのカテゴリーに分類され、許容摂取量が機械的に算出されます。
日本国内では、厚生労働省による通知「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」の通り、NDMAなど9種類のニトロソアミン類の許容摂取量が示されています。
しかし、発がん性データがない、新規のニトロソアミン類や、ニトロソアミン原薬関連不純物(NDSRI)が検出された際には、類似構造を有する物質を参考に限度値を設定する必要があります。
この点に多くの医薬品製造販売企業がすでに頭を悩ませている、あるいはこれから悩むことになるかもしれません。
今回EMAより提示されたCPCAが国内導入されれば、ニトロソアミン類の限度値設定が機械的に実施できるため、迅速なリスク評価が可能となり、企業の負担が軽減されると期待されています。
(国内において、『「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」に関する質疑応答集(Q&A)について』が一部改正され、十分ながん原性試験データのないニトロソアミン類については、今回EMAより示されたCPCAを利用して限度値を設定することは差し支えない旨が追加されました。[2023年8月22日追記])
そのため、各企業でCPCAについて理解を深めておいても損はないでしょう。
本技術コラムでは、EMAガイドラインに新しく提示されたCPCAのポイントについてまとめています。
CPCA(発がん性分類アプローチ)のポイント
CPCAとは、N-ニトロソアミン不純物(ニトロソアミン原薬関連不純物[NDSRI]を含む)を、分子内に存在する活性化又は不活性化の構造的特徴の評価に基づき、予測される発がん性のカテゴリーに分類し、それに対応する許容摂取量の限度を設定する方法です。
ここでいう活性化又は不活性化の構造的特徴とは、発がん性の増減に関連する分子の部分構造と定義されています。
CPCAは、N-ニトロソアミン化合物に関する最近の科学論文に記載されている構造活性相関に基づいており、発がん性データベース(CPDB)、及び/又はLhasa社発がん性データベース(LCDB)のラットのTD50値、数学者・統計学者であるRao, C. R.らによって定義された相対的ポテンシー分類、及び/又は以前に実施されたサロゲート分析に基づく許容摂取量限度のいずれかを有する84のN-ニトロソアミンのデータが使用されています。
このアプローチでは、代謝活性化のα-ヒドロキシ化機構が多くのN-ニトロソアミンで観察される変異原性及び非常に強力な発がん反応の原因であると仮定しています。
活性化機構の有利性を直接増減させる構造的特徴、あるいは他の生物学的経路によるニトロソアミンのクリアランスを増加させる構造的特徴は、発がん性に相応の影響を及ぼすと予想されています。
したがって、N-ニトロソアミンの変異原性及び発がん性の予測は、その構造的特徴に基づいて実施できます。
CPCAは、N-ニトロソ基の両側に炭素原子を有し、炭素がヘテロ原子に直接二重結合していないN-ニトロソアミンに適用され、N-ニトロソ基が芳香環内にあるニトロソアミンには適用されません。
2つのN-ニトロソ基を有するN-ニトロソアミンは、予測される発がん性が最も高い官能基が分子全体の許容摂取量を規定するとされています。
N-ニトロソアミン類は、以下のフローチャート(図1)に基づき、5つのポテンシーカテゴリーに分類(表1)され推奨される許容摂取量が機械的に算出されます。
図1:N-ニトロソアミン類のポテンシーカテゴリーを予測するフローチャート
※AI:Acceptance Intake 許容摂取量
※α炭素の位置は、以下の構造式を参照してください。
表1:N-ニトロソアミン類の5つのポテンシーカテゴリーと推奨される許容摂取量
ポテンシースコアは、以下のように定義されています。
ポテンシースコア=α水素スコア+不活性化特徴スコア(N-ニトロソアミンに存在する特徴のスコアをすべて合計)+活性化特徴スコア(N-ニトロソアミンに存在する特徴のスコアをすべて合計)
α水素スコアは、N-ニトロソ基のα炭素上の水素の数に着目し、表2のように計算します。
表2:各α炭素上の水素原子の数(数の少ないもの順)と対応するα水素スコア
*:メチレンα炭素がエチル基の一部でない場合はスコア3、メチレンα炭素がエチル基の一部である場合はスコア2を適用。
不活性化特徴スコアは、分子中に有する部分構造に着目し、表3のように算出します。
表3:不活性化特徴と関連スコア
表のそれぞれの不活性化特徴は、1回のみスコアにカウントできます。
*1:N-ニトロソ基がピロリジン環、少なくとも1つの硫黄原子を含む六員環、またはモルホリン環(すべて別々に数える)にある例は除きます。
*2:カルボン酸とアリール(別々にカウント)、ケトン(相反するデータ)を除きます。追加の電子吸引性基の例は、Cross KP and Ponting DJ, 2021, Developing Structure-Activity Relationships for N-Nitrosamine Activity, Comput Toxicol, 20:100186に記載されているものに限られ、そこでは「β炭素電子吸引性基」と呼ばれています。
*3:この機能が適用されるためには、β炭素がsp3混成軌道でなければなりません。
活性化特徴スコアは、分子中に有する部分構造に着目し、表4のように算出します。
表4:活性化特徴と関連スコア
表のそれぞれの活性化特徴は、1回のみスコアにカウントできます。
活性化特徴 |
個々の活性化特徴スコア |
分子構造例 |
α炭素に結合したアリール基(すなわち、N-ニトロソ基上のベンジル基または擬ベンジル基) |
-1 |
|
β炭素に結合したメチル基(環式又は非環式) |
-1 |
N-Nitroso-lorcaserin を例に、ポテンシーカテゴリー及び許容摂取量を算出してみましょう。
フローチャート(図1)に基づいて判別していきます。
N-Nitroso-lorcaserinについて、「α炭素に水素を有しているか」はYES、「N-ニトロソ基の片側又は両側に複数のα水素を有しているか」は両側に複数のα水素を有しているのでYES、「第3級α炭素を有しているか」はNOとなるため、ポテンシースコアの算出に移ります。
ポテンシースコアの式は、先ほど記載したように、以下の通りです。
ポテンシースコア=α水素スコア+不活性化特徴スコア(N-ニトロソアミンに存在する特徴のスコアをすべて合計)+活性化特徴スコア(N-ニトロソアミンに存在する特徴のスコアをすべて合計)
まず、α水素スコアは、2,2(赤部分)なので、表2より1と算出されます。
不活性化特徴スコアは、七員環中にN-ニトロソ基を有する(赤部分)ので、表3より+1と算出されます。
活性化特徴スコアは、β炭素に結合するメチル基を有する(赤部分)ので、表4より-1と算出されます。
したがって、N-Nitroso-lorcaserinのポテンシースコアは、1+1-1=1と算出されます。
再びフローチャート(図1)に基づいて判別していきます。
「ポテンシースコアが4以上か」はNO、「ポテンシースコアが3か」はNO、「ポテンシースコアが2か」はNO、「ポテンシースコアが1以下か」がYESとなります。
したがって、N-Nitroso-lorcaserinのポテンシーカテゴリーは1となり、許容摂取量(AI)は18 ng/日と決定されます。
本技術コラムは、2023年7月7日時点の情報に基づいて、記載しています。
詳しくは、ガイドラインEMA/409815/2020のAppendix 2「Carcinogenic Potency Categorization Approach for N-nitrosamines」、Appendix A「CALCULATION OF POTENCY SCORE」、Appendix B「EXAMPLE CARCINOGENIC POTENCY CATEGORIZATION APPROACH CALCULATIONS BASED ON FLOW CHART」をご確認ください。
まとめ
EMAが提示するCPCA(発がん性分類アプローチ)は、N-ニトロソアミン類のポテンシーカテゴリーを予測するフローチャートに基づき、α炭素上の水素原子の数や配置、また分子内の構造的特徴をスコア化・カテゴリー分類し、許容摂取量が機械的に算出できるニトロソアミン類の発がんリスクについて新しい評価方法です。
今後、フローチャートのブラッシュアップや、様々なケースが追加される可能性がありますが、医薬品製造販売する方の参考になれば幸いです。
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